中学受験で疲れる

中学受験は疲れます

家庭と学校の教育方針

中高一貫校はたくさんある。受験校は家庭の好みで選べば良いと思う。分からないから塾の勧める通りというのもありだが、学費などの費用を考えるともったいない。わざわざ受験させるわけだし、家庭の方針はある程度決めておくべきだと思う。ある程度と言うのは、今は5校ぐらい受験するだろうから、すべての学校が方針に合致するわけではないので。あまりガチガチにしてしまうのは、第1志望に不合格であった場合を考えると好ましいことではないかも。

 

校風というのは様々で、私立か国立か公立か、伝統校か新興校か、宗教校か無宗教校か、最近だと野放し型か管理型か、というように分類されたりする。これは当然、二元対立ということだけではなく、より複雑に分類しなければ実際の校風を示すことにはならない。私立で伝統校で宗教校で自由形もあれば、私立で新興校で宗教校で管理型もあるだろう。つまり、各校はそれぞれの持ち味があるので、とにかくこうした情報は参考程度にとどめ、実際に学校見学をしまくるのが校風を知る上では重要だ。

 

とは言っても、見学だけでは半分も理解できないかもしれない。入学後にちょっと違ったかなあと思っても、自分たちで選んだ学校なので大らかな気持ちで臨んだほうが、精神的には良さそう。そもそも担任の先生で結構違うものなので、6年間もあるのだからゆったりとした気持ちでいきたい、と思う。

 

しかし、こんな一般論は大抵分かっていることなので、わが家の方針を恥ずかしながら紹介しておきたい。わが家は私立志向だ。なぜならば、教育方針が合致するのは私立しなかないから。最重要視するのは教育方針に変動がないこと。たとえば理事長や校長先生に異動があれば教育方針にも変動があるのでは困る。長年継続してきた方針を見て学校を選んでいるのだから、柱がなさそうな学校は選ばない。

 

柱は宗教でも構わないと思っているが、長年継続ということから新宗教は含まない。最近は何事にも合理性を求める風潮だが、人の本性を考えると宗教心を持つことは有意義なことだと思う。また、学問への探究が柱になっている学校も魅力的だ。学問には勉強的な側面もあるが、学問と勉強の区別がついていない学校はいかん。主体性を重んじてくれる方針であることが望ましいなあ。出来ることなら、その上で勉強に取り組んでもらいたい。

 

なお、学校と塾とは別々の機能を持つべきだと思っている。だから塾の真似事をする学校は遠慮したい。学校にも経営があるので、生徒が集まりそうにない場合は、特進クラス等を設けることがある。難関大学へ入ってくれれば大きな宣伝効果を生む。私立の経済活動として間違ってはいない。ただ、わが子を入学させたいとは思わない。学校全体が大学受験ばかりに目がいっている可能性が高いからだ。

 

いずれにしても、偏差値だけで受験校を選ぶのは意味不明だなあ。勉強をして欲しいと思っているので、もちろん偏差値は重要視している。上記と同程度。それで受験校を選んだ。ちなみに今年は、1月に渋幕、立教新座、2月に麻布、鎌学算数、栄光、浅野、芝、鎌学の予定であった。渋幕は偏差値で選んだが、やはり雰囲気は他校とまったく違った。親として感じた部分で好印象は立教新座、栄光、鎌学、芝であった。